30歳男、親と友人の支えで鬱から回復、ムチャはするもんじゃない

30歳男、親と友人の支えで鬱から回復、ムチャはするもんじゃない

デビュー20年になる売れないマイナー漫画家です。

デビュー直後、いくつもの出版社から依頼がありました。

そこで断ると以後依頼がこなくなるのではないかと思い全てを引き受けた結果。

三か月で5本の漫画を描くことになりました。

無茶と思えるスケジュールでしたが、これをこなせればプロとしてやっていけるかの試金石となると思っていました。

三か月、食事と睡眠と入浴以外はずっと漫画を描き続けました。

なんとか無事に描き上げました。

5本の漫画のうち一本は連載でしたので、さてその続きを思ったところで、描けなくなりました。

原稿用紙を見るのもいやで、まったく漫画が描けなくなったのです。

漫画以外のことはできるのですが、漫画はまったくだめで、困った末メンタルクリニックを受診しました。

経緯を話したところ鬱との診断がされました。

さしあたり、とにかく漫画から離れて休みなさいと医師に言われました。

担当編集に次第をつげると、ひどくガッカリされたような文面のメール返信をもらいました。

やっとデビューして無茶なスケジュールも乗り越えて、自信になると思った行動が裏目に出た結果でした。

いくばくかの貯金とムチャをして描いた漫画の原稿料で一年くらいは無収入でも生活できると考えて、ひたすらダラダラすることにしました。

それでも時折、ラクガキでもしてみようかな、と紙に向かうと言いようのない焦燥感と不快感で、奇声を発してしまうありさまでした。

なぜこんな事に、早く復帰しなければ、とダラダラした生活をしつつも心は焦っていました。

三か月が経ち、半年が経ち、貯金が減ってゆくことも私にプレッシャーをかけてきました。

一人暮らしですし、とくに外出もせず、ひたすら孤独な時間でした。

幸いなことは漫画だけがダメという症状だったことでしょうか。

食事も普通に食べれましたし、買い物や洗濯、家事は普通にできたので直接的に生活には困りませんでした。

そして深い霧の中をさまようような一年が過ぎました。

貯金が尽きました。

ここで初めて親に連絡を取りました。

「ばかやろう、なぜもっと早く言わない」と叱られつつも、お金を融通してもらいました。

とても情けなかったですが、とても嬉しかったことを覚えています。

それから一月ほど経ったころ、旧知の友人が海外から帰国して飲みにでもいかないか、と連絡があり、ひさしぶりに会うことにしました。

私のデビュー作を見て、喜んでくれたくれた友人でした。

私の現状を話すとガッカリさせてしまうかと思いつつも、話してみると。

「なるようになるだろ、金ならオレも貸してやれる」と言われ、情けないやら嬉しいやら。

そして私の漫画を楽しみにしている、とも。

そして「サインくれよ」と友人。

私は居酒屋の紙ナプキンにボールペンで、何か月ぶりに絵を描きました。

描けました。

あれ?という感じでした。

その後、少しづつ絵が描けるようになり、ゆっくりと、時に奇声を発しつつもネームを一本完成しました。

連載の続きです。

担当編集に送ってみると「いいですね、描けますか」との返事。

とくに締め切りは定めないで、できた時が完成でいいですよ、といわれて執筆を再開。

16ページを四ヶ月かけて仕上げました。

最後のほうはほぼ問題なく作業ができて、原稿が出来上がった時に「ああ、抜けたな」みたいな感覚が。

それからは、描けなくなっては仕方ないと、仕事量をセーブして、おさえたペースで執筆しています。

金銭的にきびしい生活ですが、描きつづけられることを幸せに思っています。

あんなムチャさえしなければという後悔もありますが、それも過ぎたことと消化しています。