44歳女性 認知療法でウツから回復、無理しないことが大事だと気付く

44歳女性 認知療法でウツから回復、無理しないことが大事だと気付く

私がうつ病と診断されたのは35歳の時でした。

その時私は3歳の娘がいて、出産前に勤めていた職場に時短で復職して1年半ほど経って仕事や育児へのプレッシャーに毎日押しつぶされそうになっていました。

主人は土日もほとんど休みなく仕事をしていて毎日夜遅くに帰宅していたため、母子家庭のような状況でした。

そんな中でも職場では商品開発部の一員として時間に追われる毎日で、子供の体調不良で休んだりもしていたので自宅に仕事を持ち帰ったりもしていました。

自分でも全部抱え込んでいては精神的にも体力的にももたないとは薄々感じてはいたのですが、病院に行く時間も無く何とかしなくては何とかしなくてはと思っているうちに、眠いのに眠れない、周りの人に対してやたらとイライラして攻撃的な言葉を言ってしまう、訳も無く涙が出てくるといったどうしようもない症状が現れ始めたのです。

職場の上司も何かおかしいと感じて2週間ほどの休みを頂いたのですが職場復帰するとまた元に戻ってしまい、しまいには家から出ることが出来なくなってしまいました。

体が重くて重くて何か考えようと思っても考えられず、ただ無気力に過ごす毎日。

職場には電話で退職することを告げ、何とか承諾してもらったのは覚えています。

子供と一緒にいると子供に暴力を与えてしまいそうだったので、まず一時保育に週に3回ほど預け1人で過ごす時間を設けました。

また心療内科に定期的に通い、突発的な発作を抑える抗不安薬を処方してもらいました。

薬は一応飲んではいましたが効果を感じることはありませんでした。

自分の今の気持ちを聞いてもらうだけで少し気持ちが軽くなったので心療内科には1年半ほど通いました。

そのうちに子供が幼稚園に入園し、他の子のお母さんと毎日ほんの少しずつ会話をしたり、週に2日4時間ほどデザイン制作のアルバイトも始めました。

デザイン制作の仕事が楽しくなってきて勉強に励むようになってから自分のこれからについて考えられるようになってきました。

うつ病から、前向きに考えが変わったと自分で感じたのは3年ほど経ってからでしょうか。

うつ病になって学生時代の友人とも疎遠になり、大事なその時の職場の同僚とも連絡を取らなくなったのは今では後悔しています。

今更あの時はごめんねと言える勇気も無く、このまま疎遠になってしまうのはさみしくもあります。

精神的な病気になる要素は誰でも持っていると思います。

少しでもおかしいかなと感じたら病院へ行ってカウンセリングを受ける、長期間ゆっくり過ごせる時間を設けるなど行動に早く移すことが重要だと思います。