25歳女性 生活環境を変えたことで回復に向かった 仕事にもっと打ち

25歳女性 生活環境を変えたことで回復に向かった 仕事にもっと打ち

わたしは25歳の女性です。

現在は制作会社に正社員として勤めて2年目に突入しました。

まだ投薬は続けていますが、だんだん仕事が楽しめるようになってきました。

鬱状態になったのは20歳ごろからです。

当時はデザインを学ぶ大学に通っていたので、学校の課題制作が多く、また、遠方の実家から大学まで片道2時間近くかけて通っていたため、時間に追われる生活でした。

土日や授業の空きの時間には飲食店で接客のアルバイトをしていました。

今思うと、休む時間もなく、どれもこれも完璧にこなそうとしすぎていたのだと思います。

正式にうつ病としての診断が出たのは22歳になってからです。

卒業論文を書かなければいけないのにうまくいかない、ふとした瞬間に泣けてくる、うまく眠れない、起き上がるのすらだるい時もある、お風呂に入るなどの日常的なことをサボる、などの症状が強くなり、次第に学校やアルバイトへの遅刻・欠席の回数が多くなってきました。

明るい未来を想像することもできず、死にたいとばかり思っていました。

大学4年生の時期にうつと診断されたので、卒業しなくては勿体無いと大学教授や父に言われました。

休学をして、時間をかけてもいいから論文だけ書いて卒業しようということになり、半年の休学を経て、一年遅れで卒業に至りました。

回復のための行動としては、毎月病院に行ってしっかり薬を飲むこと、休学期間も毎日犬の散歩をして外に出ること、その日できたことをメモ程度でも日記に書くことなどをしました。

小さなことでもできたことは認めるというのは、病院の先生に勧められた考え方です。

うつになって、自分が何もできない奴になっていくのが怖かったので、その日記は救いになりました。

荒療治ではありましたが、わたしの場合は大学を卒業したタイミングで一人暮らしをはじめました。

まだ回復はしきれておらず、睡眠薬や抗うつ剤に頼ってはいましたが、それでも少し動けるようになってきた時期でした。

大学にもいかず家にいる期間の私を一番近くで見ていた母は、『うつ』というものを受け入れられなかったのだと思いますが、甘えているばかりだと嫌味を言っていたので、一旦離れようと思っての行動でした。

まだうつを引きずっている状態だったので、時々情緒不安定になったり、勤務先に遅刻をしたりということも多かったです。

それでも、なんとか自分で生活を維持できているということで、自分を責める気持ちは減っていきました。

後悔していることがあるとすれば、もっと早めに病院なりカウンセリングなりにいけばよかったと思います。

私のように完璧主義でやることを増やしすぎる性格が起因してうつになるひとは他にもいるのではと思います。

そういうタイプの方は、時には休んだり、人に頼ったり、自分を責める人とは距離をおいたりして、うまいことバランスをとって生きて欲しいと思います。