31歳男 うつ病を治したいなら嫌いな奴を徹底的に縁を切ること

31歳男 うつ病を治したいなら嫌いな奴を徹底的に縁を切ること

初めまして、タゲシュウヘイと申します。

私が体験、経験したうつ病は人生で3度ほど経あります。

1度目は中学2,3年生のときでした。

おもさで言えば軽度から中度ほどだど思いますが、かなり辛かった時期であることは覚えています。

原因は2年生でクラス替えを行い、クラスに馴染めなかったことと、父と学校の教師との関係が良くなかったことでした。

特に、父は酒を飲むと暴言や愚痴ばかりで家に帰る時間を遅くしていたほどです。

学校でも部活の顧問が私に対する態度が明らかに他の生徒との扱いが違い、えこひいきを受けていました。

当時は学校と家に私の居場所はなく、唯一の居場所はたくさんの友人たちがいたことでした、友人たちの存在のお陰で、楽しい思いが作ることができたので、中学生の時は耐えしのぐことができました。

もし私が中学に戻るとしたら、絶対に不登校になりますね。

2度目のうつ病は高校2年生のとき。

原因は留年危機でした。

英語の成績が極端に悪くそれが原因で留年しそうになったのですが、問題は英語の教師はとっっても苦手な人でした。

苦手というよりは怖い人であり嫌いな人でした。

人生で1位か2位に入るくらい嫌な人でした。

当時の私は留年だけはなんとか避けたいと思い、補習で必死に勉強しましたが、努力に合わず結果と成績は赤点になり、英語の教師からは「お前はふざけてるのか!!」「お前を俺をばかにしているのか!!」などキツイ言葉を浴びせられました。

そして最後の補習のテストで結果が出せす、教師から「お前は留年だ」と告げられ大泣きしたことがあります。

実は大泣きした理由は留年することを告げられたことではなく、留年したら自殺するつもりだったからです。

私の部屋のベットには縄と包丁が用意されており、留年したらそれを使って自殺する計画を立てていたからです。

これで私の人生は終わった・・・・なんて思っていましたが、教師は私の大泣きした姿に異変を感じたか違和感を感じたのか、留年の話を取り消しました。

私は留年することなく進学できて3年生になれ、その教師は別の学校に赴任になりました。

それ以降、学校生活でうつ病にはなっていません。

1人の教師が原因でうつ病になっていたということです。

だから、たまにニュースで見る学生の自殺が教師が原因というのは気持ちがよくわかります。

3度目は社会人になって2ヶ月のことです。

配属先の上司がかなり厳しい人で仕事に失敗するとレンチで頭を殴ってきたり怒鳴り散らしてきたりするスパルタな人でした。

今の時代にこんな人いたら速攻で警察呼びますね。

当時はこれが社会の厳しさと思って疑問に思ってませんでした。

その仕事のプレッシャーで再びうつ病になってしましい、次第に周りの状況が見えなくなっていきました。

その周りを見ない不注意が災いし、職場で機械に頭部と背中を挟まれ、しかも350℃のアルミ製品を機械が持っていたので、それが頭部と背中にあたり大火傷を負いました。

外傷性と精神的ダメージが重なり、精神科から重度のうつ廟の診断されます。

入退院を3年間繰り返し、治療を終えました。

治療は最初の3ヶ月ほど薬に頼っていましたが、その後は回復。

自己啓発の本を読み、それを実践を繰り返しながら社会復帰していきました。

以降、30冊〜100冊以上の自己啓発を読みながら実践を繰り返して精神面を鍛え、生活環境を変えながら今に至ります。

結局のところですが、環境に左右されますので、自分に適した環境に移るのが一番簡単にうつ病を改善できる方法です。

・嫌な人に会わない・嫌な人と付き合わない・嫌な人と時間を作らないそれができないなら環境を変えるだけ。

これが私の人生で学んだ方法です。

このお陰で私は今、人間関係に全く悩みはありません。

快適な人生を歩んでいます。