50代男性、休職が一番、今はやり切った感じ

50代男性、休職が一番、今はやり切った感じ

「パワハラ上司から逃げるしかなかったのであろうと思うこと」会社は一部上場の会社に入社しましたが、入社数年後に部長になった人のその部下の課長のパワハラがすごかったです。

技術開発系の仕事をしていましたが、顧客の要求は非常に高く、見積もりを出すと、たたかれて価格は下げられる始末でした。

それでも、受注額が欲しかったので、高い仕様要求を無理して、受注していました。

どのプロジェクトもそんな感じだったので、進捗遅れは頻繁に発生していました。

しかも、アウトソーシングの時代突入した時期だったので、作業をお願いしている外注の能力にも依存していました。

部長・課長は、「24時間働け。

裸踊りをしてでも金取ってこい」というタイプでした。

それでも必死にやりながら、何とかやっていました。

気が付くと、職場の人が一人退職、また、一人退職という感じでした。

気が付けば、同じ部長の下で、数年間で、数名の退職者が出ている様な職場でした。

結局、眠れなくなり、メンタルクリニックで薬を処方してもらっていました。

私ともう一人でプロジェクトを進捗させていたことがあり、もう一人の人の担当している部分がトラブルを起こして、進捗は遅れ続けました。

もう一人の人は私よりも、年上で、職位も私よりも上でしたが、「外注が悪い。

能力がなかった。

」と愚痴を言うばかりでした。

客先からのクレームは私の方に入って来るし、対策はなぜか私が考え、スケジュール調整も私がやる羽目になりました。

なぜかというと、もう一人の人が口だけ達者だったからでした。

部長は何とかこなせれば良いからと「私に任せておけば良い」という始末でした。

結局、不眠がずっと続き、そのトラブルを乗り越えた辺りから、暫く、休職状態になりました。

それが収まって復帰しましたが、最初に担当範囲を決めていたにも関わらず、トラブルになると、ベテランだからと、しりぬぐいを良くさせられました。

そんな二人分の仕事はこなせないと、突っぱねていましたが、私が元々抱えた仕事分は他の人に割り振るからと、やらせられました。

ですが、私の仕事分を割り振られた人は「できません。

できていません。

」を繰り返すばかりでした。

民間企業なので、納期は避けられないので、仕方がなく、仕事量軽減してもらうはずだったところはサービス残業で何とか乗り越えるしかなかったです。

今では、普通の人よりも身体にガタが来ています。

アドバイスとして、退職することはいつでもできるとは言うものの、限界があり、年齢と職場内の人の動き(退職、異動)を見ながら、転職・異動は考えた方が良いと思います。

身体は資本なので、耐えすぎるのは問題かなと思います。

今になって思えば、あの人たちと出会わなければ違った人生を送れたかも知れません。

顔で笑って、腹の中では「首を絞めてやろうか」と思ったことは何度もあります。

結局、良い様に、トラブルのしりぬぐいさせられることが多かったです。

私にトラブルを振ることができて、私は残業せざるを得なくなったのに、トラブル処理を回避できた人が私よりも先に、ニコニコした顔をして、帰宅する姿を見た時は情けなかったです。