45歳男、環境を大きく変える事から鬱から抜けるきっかけを掴む。

45歳男、環境を大きく変える事から鬱から抜けるきっかけを掴む

私は45歳の中年男性。

今はビルメンテナンスの仕事についていますが今から5年前、鬱病と診断されました。

当時の仕事はパチンコ店勤務。

それまでは内勤で10年過ごし、急な配置転換で10年ぶりにホールスタッフとして異動する事が始まりでした。

当時、内勤の仕事でようやく認められてきて自分でも手応えも掴みつつあったと思います。

しかし辞令が出たのは昇進ではなく配置転換の異動でした。

しかも街中心部から田舎町への引越しで考える時間も一週間ぐらいしかありませんでした。

そして父親が入院、手術する事も重なりました。

大腸ガンでした。

父の病気もあって異動までの猶予はもらえましたがものすごく悩みました。

これほど考えた事は人生で初めてだったと思います。

結局悩み抜いて行ってみる事にしました。

引越しや転居の手続きがほぼ初めてだったし、初めて住む場所。

田舎町なので周囲は田んぼしかありません。

環境がそれまでと一変しました。

父の手術も無事おわり回復に向かいました。

私も何とか生活のリズムを整えるように環境に慣れるように努めました。

仕事は10年のブランクを上司に考慮してもらえて最初は自分のペースで仕事をさせてもらえましたが月日が経つにつれてそうも出来なくなりました。

合わせてミスが多くなりました。

性格上、石橋を叩いて渡るような人間と自分で思うのですが簡単な判断ミス、簡単な事を間違える事が続きました。

そうするうちに過呼吸になってしまいました。

元々、吃音を持っていて人前で話す事が困難になる時がありました。

朝礼での社訓唱和はできません。

言葉が出ません。

過呼吸になった事から体調がおかしくなりました。

病院で血液検査をしたりしても異常が出ませんし、持病の甲状腺腫の検査をしても異常ありません。

それまで簡単な事を覚えられない事も異常を感じていたので心療内科に行ってみると鬱病を診断をされました。

病院で原因は人前で話す事が苦手なのに無理をさせられてるから負担になっていると言われましたし、配置転換のショックも大きいと言われました。

上司に相談をするとシラケ顔されました。

苦笑いもされました。

それから数ヶ月腫れ物扱いでした。

管理職でしたが何もさせない負担になっているならそれを取り上げるとまで言われました。

人生でこれまでどん底まで落ちた事はありませんでした。

光が見えませんでしたし何をしてもポジティブに考える事出来ませんでした。

私は薬を飲みながら何とか回復するつもりでいましたし這い上がるつもりでいました。

しかしある日の朝礼で社訓唱和を当てられました。

そこからまた過呼吸になりました。

何か気持ちが一瞬にしてきれました。

正直、このまま居たら殺されるとまで思いました。

両親に相談をして20年ほど勤め上げた会社を退職する事になりました。

これが鬱病から抜け出すきっかけになったと思います。

職場では送別会もありませんでしたし花束一つで終わりました。

あれほどの屈辱は忘れません。

後悔する事は正直思い当たらないのですが強いて挙げるならば転職活動ぐらいです苦笑未だに調子悪い時もありますが環境がやはり大きく影響しているのでしょうか寝たらスッキリするし仕事終わったらスイッチオフできるようになりました。

鬱から抜け出す事は環境が一番と個人的に思います。

あと無理をしない事。

それが悩んでいる人に向けての私からの言葉です。